Mag-log in【夏希side】杏華の撮影が始まるナイスタイミングで、桐生さんがスタジオに到着した。二人の様子を見てたら、お互い目を合わせ、小さくはにかんでいる二人が初々しくて仕方ない。ホントにこの二人は離婚したのか?しかもこの桐生さんが杏華にまったく興味がなく冷酷な男?いやいや、どう見ても感情ダダ洩れで、甘々なんですけど?確かに言葉的にはそんなふうには感じないしクールに見えるけど、あれはただ本人が自覚なくて表現の仕方を知らないだけなんだよな。私にも『全力で杏華を守れ』って普通の条件じゃないんだよね。でも杏華は確かにこの人に傷つけられて自信なくしてるし、元々そういう要素は持ってるんだろうけど。でもなんか放っておけないんだよな。この二人。よし。ちょっと探ってみるか。「桐生社長。お疲れ様です」私はスタジオの後ろで立っている桐生さんの横にスッと並び声をかける。「あぁ。お疲れ様」私に言葉だけ返し、視線は杏華をずっと見つめ続けている。その視線は、完全に社長というより、愛しい恋人を見つめる視線なんだよな~。「あの。フルーツどうもありがとうございました!」「あぁ。無事届きましたか」「はい! 杏華もすごく喜んでました!」「そうですか。──よかった」そう私が伝えると、一瞬嬉しそうに安心したように小さく微笑む。「今日の杏華。どうですか。杏華が本来持っている優しいイメージを際立たせるように、柔らかくて透明感ある仕上がりにしました」「──あぁ。彼女が持ち備えてる優しい部分が、あなたの腕を加えてもらえたおかげで、より魅力的に出てると思います。さすがですね」「ありがとうございます」ちゃんとそういうふうに思ってるんだ。杏華にそういう言葉ちゃんと伝えてないのかな、この人。「なんとか撮影に間に合ってよかったです」「あっ、そういえば今日来られる予定じゃなかったんですよね?」「はい。元々の予定では昨日から韓国に出張に行ってたので、今日の夜に帰ってくる予定でした」「え? そうなんですか? お仕事急遽なくなったとかですか?」「──いえ。仕事のスケジュールは変わりなかったのですが、杏華の今日の撮影はどうしても自分が見たくて、徹夜で仕事を早めて、なんとか間に合わせました」「え!? 徹夜ですか!? てか今、午前11時ですよ?」夜までの予定だった仕事を徹夜し
この日の撮影は、綾乃も他のモデルも誰もいない一人だけの撮影。別現場で私の撮影を見ていた関係者さんが、私が雑誌のイメージにピッタリだと言ってくれて声をかけてもらったお仕事だ。「杏華さん。今日はよろしくお願いします!」「こちらこそよろしくお願いします」スタジオに行くと、早速関係者さんが挨拶に来てくれる。「まだこんな新しく創刊されて人気も出ていない雑誌ですが、仕事引き受けてくださってありがとうございます」「いえ! とんでもないです! 私もまだ新人みたいなものですし、ここからいろんなお仕事していきたいんです」「うちの雑誌は『優しさと笑顔を届けたい』というコンセプトなんです。以前杏華さんが女の子と花畑で撮影していた雑誌の写真を拝見して、あの透明感や優しい雰囲気が、うちの求めてるイメージにピッタリだなと思って、ぜひ杏華さんにお願いしたかったんです」「嬉しいです。私もあの写真大好きで、通常では機会がなかったお仕事なので、あの撮影が出来て私もとてもいい経験になりました」たまたま撮影現場でスタッフさんから他のモデルさんの代わりに撮影に行ったお仕事。小さな子供との撮影だったから、他のモデルさんは誰も率先して手を挙げなかった。だけど、私はあの撮影を経験出来たおかげで、母親になるこれからの期待や楽しさを味わわせてもらえて、とても実りある撮影だった。それがまたこうして別のお仕事に繋がっているなんて、すごく嬉しい。頑張ったことや、自分が信じた道は、こうしてどこかに誰かに届いているんだと思うと、また胸がいっぱいになる。そしてそれからスタッフさんと打合せをしていると、スタジオに入ってきた人物に気づき、私は視線を移す。──あっ、一弥さんだ!キリッと引き締まった表情と出で立ちの一弥さんに、スタジオがざわめき一斉に視線が彼に集まる。入ってきた瞬間、彼から醸し出す圧倒的なオーラある存在感に、スタジオの空気が一瞬で引き締まったのがわかった。彼が颯爽とスタジオに入ってくる姿に、小さく胸が跳ねる。こんなふうに、彼の姿を見つけ、胸をときめかせることは、初恋だったあの頃以来かもしれない。結婚が決まってからは嬉しい気持ちはすぐに消え、不服そうな彼との時間を重ねていくことは、私にとって幸せより彼を苦しめている悲しみに変わっていった。けれど、初恋だったあの頃は、いつも人気でた
「杏華! それ! この前杏華がフルーツタルト食べてたときに言ってたやつ!」「フルーツタルト?」私はそのとき言ってたことを思い出そうとする。私、何て言ってたっけ。「フルーツがいっぱい乗ったケーキが好きだって言ってたじゃん!」「え? 嘘ッ! もしかして、それでこのフルーツ!?」確かにあのときそんなことは言ってたけど。まさかそれがこのフルーツに繋がったっていうの!?「だって今まで一言もそういうこと言ってないなら、『杏華が好きなフルーツ』ってなるのおかしいじゃん。もうそれしか考えられない!」「やっぱり、そう……だよね? え、あんな一瞬のたいしたことないやり取りに?」あまりにも普通の会話で、そこまで大きな意味を持たない言葉で、言った自分でさえ、ちゃんと覚えてないくらいなのに……。それを、彼は覚えてくれていて、今日これを用意してくれたってこと──?私は彼のその優しさと気配りに、ドキドキが止まらなくなる。ここにいないのに、一弥さんの存在が、このフルーツから、ひしひしと伝わってくる。これを一つ一つ彼が用意したわけじゃないけど、でもこの華やかで彩られている美しいフルーツを見ると、ぽかぽかと私の心まで明るく温かくなって満たされていく。「いや、この急な溺愛攻撃やばすぎん?」「え!? 溺愛!? 」私はあまりにも聞きなれないその言葉に、動揺しまくって顔まで熱くなる。「いや、こんなのあからさまでしょ。まぁ多分向こうは変わらず無意識に、その溺愛攻撃されてるだけでしょうけどね~フフッ」夏希がニヤっとからかうように笑う。「もう夏希からかわないで!」私は熱くなった顔を両手で必死に抑える。「フフッ。照れちゃって可愛いな~杏華ちゃん♪」そんな仕草をしながら、ホントは心では嬉しくて、つい零れてしまいそうになる笑みを、その両手でそのまま隠してごまかす。夏希は私のそんな想いを知っているはずなのに、あまりの恋愛初心者の私は、ついそんな小さなことも、恥ずかしくなってしまう。だけど、本当にあのときの言葉を覚えててくれて、こんな素敵なものを差し入れしてくれたんだと思うと、またときめきが止まらなかった。「ね、ね。まだ撮影まで時間あるし、影響ない程度に今食べちゃおうよ。リップは取れても直してあげるから!」「うん。食べちゃおう!」私たちは差し入れしてくれた豪華な
「杏華さん。失礼します」そのときコンコンと楽屋のドアをノックする音が聞こえる。「はい。どうぞ」その声に返答すると、撮影現場のスタッフさんが顔を出す。「これ。差し入れです」「え? 差し入れ?」「はい。杏華さんところの桐生社長からです」「え? うちの桐生から?」今日はまた別の仕事で現場に来れないとは言ってたけど、わざわざ差し入れなんかしてくれたんだ。「どうぞ」そう言ってスタッフさんが楽屋に届けてくれたのは、すごく豪華なカットフルーツの盛り合わせだった。「うわ~すごい……」そこにはイチゴやオレンジにキウイだけじゃなく、高級そうなメロンにマンゴーに巨峰にシャインマスカット──。色鮮やかに所々のフルーツでバラの花のように華やかに飾られている。だけどあまりの大きさと量。「あの、これ量が多すぎるんですけど、私の楽屋じゃなくスタジオへの差し入れじゃないですか」「あっ、スタジオにももちろん差し入れしていただいてます。それは間違いなく杏華さんに届けるようにと言われてるので」「え──私に?」「はい。あっ、これ一緒に預かったメッセージです」「え? メッセージまで!?」そう言われて渡された小さな白い封筒を受け取る。「いや~ここまで高級フルーツの差し入れ初めて見ましたよ。こんな高級店のフルーツいただけて皆すげー喜んでます! ありがとうございます!」そのスタッフさんは、勢いよく頭を下げ、嬉しそうにお礼を伝え戻っていった。「やっばー。この豪華さ、すごすぎるんだけど。高級店のここまですごいフルーツ盛り合わせ、いくらするんだろ」夏希はそのフルーツをマシマジと興味津々に見ている。「どうしたんだろ。これ。なんで私の楽屋にこんな豪華なフルーツを?」私は謎の行動に頭が疑問だらけになる。「その受け取った封筒
「まったく問題ないよ」私の不安なんて気にも留めないような素振りで、夏希はそう口にした。「問題ないって……」「だって。すでにもうあの人、杏華に自分をコントロール出来ないくらい激しい恋愛してんじゃん」そう言って二ッと笑う。「え──!? まさかそんなのあるはずないよ!」「ハハッ。やっぱり杏華も全然気づいてないよね~」そう言って夏希が笑っているのを見ながら、私はキョトンとしてしまう。「私が見ているだけでもあの人の行動普通じゃないよ? っていうかヤバいからね。杏華に嫉妬と独占欲が丸出しで。あんなの誰が見ても杏華への愛情ダダ漏れだからね?」夏希は平然とそんな言葉を呟く。私はまさかと思いながらも、もし本当にそうだとしたらと思うと、少し恥ずかしくなってしまう。「思い返してみなよ? 全部それ当てはまるでしょ? あの人自分でそれ気づいてないだけだよ」「確かにそう言われてみれば、思い当たらないこともないけど……。でも、やっぱり夫婦だったときのことを考えると、どうしても信じられなくて……」「あぁ~確かにそれはあるよね。それはあの人が反省すべきマジ大きすぎる罪だからね」「罪って……」「多分ね。子供が出来たそのときの夜の話も聞いてて思ったんだ。無意識に杏華に嫉妬して独占欲が大きくなって、止められない感情が爆発してそういうことしちゃったんだろうな~って」「え……」「そのときさ、無理やりだった?」「え!? あっ、どうだっただろう!? 最初は強引だったけど、段々なんとなく優しさを感じていったというか……」決して怖さも辛さも感じなかった。私は確かにあのとき、どんなカタチでも彼に求められたことが、そのとき感じられた偽りの幻のような優しさでも、幸せを感じられたから──。「うん。そういうことだと思うよ」夏希はすべて見透かしたような表情で、優しく嬉しそうに微笑む。
それから夏希は本当に言葉通りに、いとも簡単にメイクを手早く直していく。「どう? さっきよりも更に綺麗になったと思わない?」メイクを仕上げた私を鏡で見直すと、本当にさっき以上に綺麗になったように思える。「こんなアレンジ私にしたら朝飯前の余裕の余裕! 杏華は安心して私にすべてを任せてくれたら大丈夫だからね!」そしてまた親指を立て、カッコよく私に伝えてくれる。「フフッ。すごく頼もしい。私、ホントに夏希に出会えて幸せ」「私もだよ! もうこんなに助けてあげたくて何でもしてあげたくなっちゃう人、他にいないから!」「ありがとう夏希」「どういたしまして」鏡越しにまた夏希と微笑み合う。「でも。私思うんだけどさぁ。絶対桐生さん、杏華のこと好きで仕方ないと思うよ」「えっ!? まさか──」「多分、今も昔もその気持ちに自分で気づいていなかっただけじゃないかなぁ。桐生さんって、ただ恋愛に不器用なだけのような気がする」「そうなの……? 私も恋愛初心者だから、そういうの全然わからなくて……」「あ~。そういうことか~。恋愛初心者の不器用な二人だから、そんな絡みまくってややこしい関係になっちゃってるってことか」夏希は妙に納得して”うんうん”と一人頷く。「私はそうだけど、彼はそうじゃないんじゃないかな……。今まで綾乃や他の女性たちとも付き合っていたはずだし……」「それはただそうだっただけでしょ?」「どういうこと?」「ただ付き合ってただけってこと。それが決して相手を好きだったとは限らないじゃない」「え……。好きだから付き合うんじゃないの?」「フフッ。そうじゃないんだな~。どう見てもあの人恋愛下手だわ。普通の愛情表現の仕方も知らないし、まず自分のそういいう感情にまったく気づいてない!」「気づいてないって……?」「多分あの人、本気で誰かを好きになったことないと思う」
目を覚ました瞬間、強い戸惑いに包まれ、次いで記憶が断片的に一気に押し寄せてくる。 気付けば無意識のうちに私は下腹部をかばっており、鈍い痛みが走った。 そのとき、そばにいた一弥さんの姉の真琴さんが私が目を覚ましたことに気付き、慌てて駆け寄る。 真琴さんは私の手をぎゅっと握り締め、声を震わせながら言った。 「よかった……やっと目を覚ましたのね。お医者さんが言ってたの。急激な精神的ショックと、長期間の心身の抑圧が原因で、切迫流産の状態だって。今は安静が必要よ。……ねぇ、どうして妊娠していること私に言ってくれなかったの?」 「どうして、私は病院にいるの? どうして真琴さんがここにいるの?」
「お姉ちゃん、どうしてあんなことしてバレないと思ってるんだろ」 え……、あんなこと……? バレる……? なんの話……? 「まさか、あいつが俺の知らないところで、男漁りしてるなんて心底見損なったよ」 男漁り……? さっきも、それ言ってたけど……どういうこと……? 「お姉ちゃん、もうそれ病気なの……。一人の男性では満足出来なくて、常に自分の欲望を満たしてくれる男性を探し求めてるの」 ちょっと待って……! あまりにも身に覚えのない酷い綾乃の嘘に私は驚いて言葉を失くす。 「俺もまんまと騙されたよ。まさかずっと清純なフリをしてたなんてな」 酷い……! 一弥さんもどうしてその言葉を信じるの…
「……?」 目の前に差し出された離婚届を見つめ、喉が張り付いたような声で問い返した。 「あなた……どういう意味なの?」 「綾乃から、全部聞いた」 彼の顔には、余計な表情は一切なかった。 あるのは、骨の髄まで染み込んだ冷酷さだけ。 「三年前、うちとお前の家に政略結婚の話があると知っていただろ。 お前は俺と結婚したかったから、彼女を追い出した。別れを強要し、海外へ行かせたんだ」 ――ドン、と。 頭の中が、真っ白になった。 「違う……」 声が震えながらも、私は必死に最後の光にすがる。 「一弥さん、信じて……! あの時は、彼女が自分で行きたいと言って……私は……」 「もういい
「わあ、すごく綺麗なお花!」 綾乃は、私の腕の中に抱えられた花束を、目を輝かせて見つめた。 私は反射的に花束を抱き寄せる。 「この花は……」 言い終える前に、すらりとした長い手が、私の腕の中から花束を奪い取った。 呆然と顔を上げると、そこには桐生一弥の、感情の揺らぎひとつない瞳があった。 彼は、私が心を込めて選んだ――純潔な愛を象徴する白いバラの花束を手にすると、そのまま自然な動作で振り返り、綾乃の前に差し出した。 「誕生日おめでとう、綾乃」 低い声だったが、突然静まり返った個室の中には、はっきりと響き渡った。 綾乃は驚きと喜びの入り混じった表情で花束を受け取り、顔を花びらに







